1位から3位まであり、後は順位なし
1位『104歳、哲代さんのひとり暮らし』山本和宏監督/94分/作品賞
尾道の山あいの町にある大きな一軒家で、100歳を超えてもひとり暮らしをしている
石井哲代さん。
小学校の教員として働き、退職後は民生委員として地域に溶け込んでいる。
83歳で夫を見送ってからは、子に恵まれなかった哲代さんは、姪や近所の人たちに見守られて過ごしている。
年齢を重ねて思うようにいかないことが増えても、哲代さんは一人自由な暮らしを続けていく。
あやかりたい老後ドキュメンタリー(もう老後だけど)。大きなお声ではっきりお話できてユーモアがあって……人と付き合うのの好き、でも一人も寂しくない。
リリー・フランキーさんのナレーションが良かった。
2位『六つの顔』犬童一心監督、脚本/82分/監督賞
日本で650年以上も受け継がれてきた伝統芸能・狂言の第一人者で、芸歴90年を超えて現在もなお舞台に立ち続ける野村万作。現在93歳。
2023年には文化勲章を受章し、翌24年6月には受章記念公演を開催、ライフワークとして磨き上げてきた珠玉の狂言「川上」を上演した。
本作では、その公演が行われた日に、万作が自身の過去に対して思い浮かべる「六つの顔」をアニメーションで表現して彼の芸境に迫る。
93歳の野村万作の杖も使わず一定に速度で歩く姿に感動した。東京の坂道もリズムを変えず、す、す、と歩いていた。ゆっくりでも早くもない……このシーンだけで万作の修行の確かさ、深さが伺い知れた。
鉛筆書きのような画(アニメ)もナレーション(オダギリジョー)もよかった。
3位『佐藤忠男、映画の旅』寺崎みずほ監督/日本/98分/ナレーション賞
独学で60年にわたる評論家人生を送り、後年にはライフワークとしてアジア映画を発掘、日本に紹介した功績から、映画評論家として初めて文化功労者に選出されたことでも知られる佐藤忠男。
アジアとの映画交流や後進の育成にも尽力したが、2022年3月に91歳で逝去した。
佐藤が学長を務めた日本映画学校(現日本映画大学)の教え子だった寺崎みずほの初監督作品。
一番最初に選んだのがこれ。佐藤先生=福岡アジアフォーカス。遠くからお見受けしていて、ちょっと近寄り難いイメージだったが、このドキュメンタリーでとってもお優しい方であったと知った。
奥様に宛てたプロポーズのお手紙も公開されているが、これを読んで断れる女はいないだろうと感動した。
ミッキーは福岡の映画祭の終わりのニュースにはショックを受けたが、基を作られた佐藤先生はいかばかりだったのか、想像しきれない。
🎬『農村住宅改善』野田真吉監督/20分/1941年
1940年、民家研究の専門家でもあった建築学者の今和次郎は、「住宅は生活の容器である」という視点から、東北地方の農村住宅の実態調査を実施。本作ではその調査隊に随行し、苛酷な自然環境のなかで暮らす東北地方の民家の様子を追い、農村の生活改善の必要性を提示している。
東北の地方の農村住宅を建築家や役所が問題点を見つけながら改善していく様子を写したもの。ミッキーの生まれる前の農村住宅。間取りが映されて家事の担い手の妻が1日午前中で家の内外でどういう動きをするか、動線で示していた。
外に便所、井戸に水汲み、煮炊きはいろり……明け方4時に起きて朝ごはんを作るのに500メートル以上歩くなど、わかりやすい内容で、昔の暮らしの様子が手に取るようにわかった。
🎬『みらいのうた』エリザベス宮地監督/137分/音響賞
ロックバンド「THE YELLOW MONKEY」のボーカルの吉井和哉に、2022年より取材を開始。その数カ月後、吉井が初期の喉頭がんを患っていることがわかり、予期せぬ「未来」が描かれていく。
闘病の日々、2024年に感動的な復活を遂げた東京ドーム公演「THE YELLOW MONKEY SUPER BIG EGG 2024 “SHINE ON”」のライブパフォーマンス、その公演までの濃密な3年間を記録したドキュメンタリー。
男性歌手で好きなのは吉井さんと布施明。お二人ともビブラートのないまっすくなお声。それに感情の盛り上げ方が上手い。いつも聞き惚れている。
吉井さんの幼い時からのことが詳しく知れて嬉しかった。幸せとは言えない生い立ちかもしれないが、それ(不幸)に負けない明るさが吉井さんにあったように思う。その明るさがいろんな人を惹きつけたり「行く道」を歩ませてくれたのだと感じた。
「2年ぶりに本格的に歌った感じはどうだった?」と仲間から聞かれた吉井さん、「2年ぶりに、セ○クスしたようなヒリヒリした感じ」と言って、笑わせてくれた。
🎬『よみがえる声』朴壽南、朴麻衣監督/日本、韓国/148分/親子監督賞
1935年3月、三重県に生まれた在日朝鮮人2世の朴壽南は、1958年に起きた小松川事件の在日朝鮮人2世の少年死刑囚・李珍宇(イ・ジヌ)との往復書簡「罪と死と愛と」で注目を集め、その後も、植民地支配による強制連行や、広島と長崎で被爆した在日朝鮮人の声を掘り起こした証言集を出版。
さらにカメラを持ち1986年に朝鮮人被爆者のドキュメンタリー映画「もうひとつのヒロシマ」で初監督を務めた。
その後も『アリランのうた オキナワからの証言』『ぬちがふぅ(命果報) 玉砕場からの証言』『沈黙 立ち上がる慰安婦』といったドキュメンタリーを送り出してきた。
そんな朴壽南が約40年前から撮り続けていた16ミリフィルムを基に本作を娘と一緒に製作したドキュメンタリー。
2025年に90歳の在日朝鮮人2世の映画作家・朴壽南(パク・スナム)と娘の朴麻衣の共同監督。
90歳の酢ナムさんのお声がエネルギーに溢れていて、語られる言葉も明確。娘との喧嘩(?)で始まる撮影シーンも物おじせず、自分の想いをはっきりと言っていた。
この一本で日本と韓国にある過去の悲しい出来事のほとんどが入っていると感じた。
🎬『うしろから撮るな 俳優織本順吉の人生』中村結美監督、撮影/82分/女性監督賞
日本映画に欠かせない存在として、約70年にわたり2000本以上ものテレビドラマや映画に出演。脇役を演じ続けた織本順吉。
しかし家族とともにうまく生きられない気難しい一面もあった。
そんな父への復讐心からカメラを向けはじめた娘である中村監督は、老いて身体の自由が利かなくなり、セリフ覚えが悪くなり、感情を抑えられず妻や娘に怒鳴りつけたり、子どものように泣きわめく晩年の父の姿を、4年間にわたり撮り続けてきた。
恥ずかしいが織本順吉さんとお顔が一致しなくて、今年3月公開時に見逃していた。監督さんのお名前が女性だったので会場に入った。
お顔とお名前が一致したのはもちろんだが、70年の俳優人生だからこそ、それもほとんどが脇役だったからこその「俳優哲学」もあって満足した。
🎬『デリカド』カール・マルクーナス監督/アメリカ、フィリピン、イギリス、オーストラリア、香港/98分/新人監督賞
北西に南シナ海、南東はスールー海に面していているアジア屈指のリゾート地・フィリピンのパワラン島が映画の舞台。
この島の森林の多くは手つかずの自然で、海は透明度が高く魚介類の宝庫だ。気候も温暖で世界中から観光客やダkイバーたちが押し寄せてくる。
静かで緑豊かな森に鳥のさえずりが聞こえてきて楽園そのものの情景だ。ところが森の奥からチェーンソーの音が響いてきた。 すると草陰に身を隠していた土地の男たちが、違法伐採の現場に近づき、登録されていないチェーンソーを没収。
一方、海で不審なボートを発見。魚を爆発物で一網打尽にする違法漁業を取り締まっている。
こうして島の生態系を守るのは地元の環境保護団体・パラワンNGOネットワーク(PNNI)。代表の環境弁護士ボビーは仲間たちとともに、経済発展のために見境なく島の生態系を破壊する政治家や実業家を相手に命懸けで闘い続けている。
これが初の監督作品であるジャーナリストのカール・マルクーナス氏は、この島の環境活動家が射殺された事件をきっかけに長編ドキュメンタリーを製作。
日本から遠く離れた島の自然破壊だが、決して「他人事」ではなく、危険(デリカド)は地球全体に波及していくことを教えてくれる。
🎬『僕と時々もう1人の僕 トゥレット症と生きる』柳瀬晴貴監督、撮影、ナレーション/90分
意思に反して声が出たり、体が動いてしまうチックの症状が重い「トゥレット症」はフランスの神経科医によって138年前に報告されたが、今も治療法はない。
取材の始まりは2022年2月。仕事終わりの記者の自宅に出前を運んでくれたのが番組主人公でウーバー配達員の男性患者で、アプリに送られてきたメッセージには「声が出てしまうが許してほしい」と記されていた。
取材を進めるとトゥレット症患者は全国に多くいることがわかった。 体が動いてしまい面接を突破できない就活生。 治療のために海を渡った女性など、その多くが人の目が気になって家に閉じこもっている実態も見えてきた。
治す手立てのない病と闘いながら自立を目指す若者たちを追ったドキュメンタリー。
ミッキーのまわりの子にもチックの人がいたが、成長とともに治っていた。このドキュメンタリーを見るまで奇声
や体がチックになるのや、それをトゥレット症と言うなどは知らなかった。
子ども時代からいじめを受けたり、奇異な目で見られたりして成長した彼らも、就職、いやバイトさえもなかなか就くことができないでいる。
そんな中でも、ウーバーイーツで働く男性、ネットで自分自身を紹介したり、得意なパソコンでやっと就職が決まった方を映し出していた。
🎬『彼女が選んだ安楽死 たった独りで生き抜いた誇りとともに』 西村匡史 監督/68分
2022年、迎田良子さん(64)は、安楽死するためにスイスに渡った。パーキンソン病の彼女は死の直前、立ち会った記者に語りかけた。
「安楽死することは悲しいことではない。やり残したことは何もないし、本当に幸せな人生だった。やっと夢が叶うのよ」と。
幸せとは言えない幼少期を経て、たった独りで人生を切り拓いてきた迎田さん。難病の老後を誰かに頼って生きるのは嫌だ」という彼女は、なぜ安楽死を選んだのか……。
長い間、映画を見続けてきたが、実際の「死に際」をスクリーンで見たには初めてだ。見終わってからも(今も)なかなか平静にはなれないでいる。
内容もショックだったが、ミッキーの30代から35年間、おつきあいのあった美容院の先生が晩年にパーキーソン病で苦しんでいたこともあったのを思い出した。
迎田さんの明確な受け答えや生活の仕方を見ていると、介助者がいればなんとかやれそうなのに……と思うが彼女の強い意志、迷いのない表情などをみると、他人にはクチが挟めない「死」の覚悟を感じた。
2026年01月08日
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