2025年12月03日

野田真吉監督作品より 12月6日公開『農村住宅改善』『ゆきははなである:新野の雪まつり』『忘れられた土地』

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🎬『農村住宅改善』20分/1941年/12月6日よりポレポレ東中野他にて全国順次ロードショー公開

1940年、民家研究の専門家でもあった建築学者の今和次郎は、「住宅は生活の容器である」という視点から、東北地方の農村住宅の実態調査を実施。本作ではその調査隊に随行し、苛酷な自然環境のなかで暮らす東北地方の民家の様子を追い、農村の生活改善の必要性を提示している。


東北の地方の農村住宅を建築家や役所が問題点を見つけながら改善していく様子を写したもの。ミッキーの生まれる前の農村住宅。間取りが映されて家事の担い手の妻が1日午前中で家の内外でどういう動きをするか、動線で示していた。

外に便所、井戸に水汲み、煮炊きはいろり……明け方4時に起きて朝ごはんを作るのに500メートル以上歩くなど、わかりやすい内容で、昔の暮らしの様子が手に取るようにわかった。


🎬『ゆきははなである:新野の雪まつり』129分/1980年

新野の雪まつりは「雪は豊年の証し、雪は花である」と伝えられる豊年を願う仮面祭り。

その一部始終(村役たちの寄り合い、舞の稽古、年寄りが若い衆に手筈を教える)を丁寧に抜かりなく描き切っていた。

祭の時は寒い1月14日から15日。場所は諏訪神社を出発し伊豆神社に向かい本祭りが始まる。夜通しの祭りで雪が降ると豊作になると言われている。

当時の地方の祭をこんなに丁寧に撮ってあることに驚いた。神事だが農民たちは気負いはなく、祭と一体になって豊年万作を願っている。その村人たちの誇らしげな笑み、精神の素朴さが画面いっぱいに広がっていた。

🎬 『忘れられた土地』30分/1958年

青森県の下北半島・尻労(しつかり)で生活していた人々の記録。

漁業で生計をたててひっそりと暮らしていたが、沖合で大きな漁船が魚を取ってしまうようになってから、漁獲が減ってしまう。

小学校の児童が昆布を取り、売った代金で教育用具を揃え、貧しい暮らしを支えている。

中学卒業間近の生徒に、将来の希望を聞いても「集団就職」「家の手伝い」と言っていた。

そんな様子がラジオで放送されると全国からいろんな物が送られてきた。

そのお礼の気持ちとして生徒たちが浜辺にある美しい貝殻を丁寧に洗ったものを感謝の手紙を添えて送っていた。

今、現在はどうなっているのか……ミッキーにとって「忘れられない土地」になった。







posted by ミッキー at 21:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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