新潟県十日町で育った桜井昭夫は、高校時代にレッド・ツェッペリンのレコードを聴き、ジミー・ペイジのギターの虜となる。
やがて上京した彼は、昼は着物のセールスマンとして働き、夜はペイジのギターテクニックを身につけて「ジミー桜井」として活動。35年間、東京の小さなクラブでレッド・ツェッペリンのビンテージコンサートを完璧に再現してきた。
ある夜、来日中のペイジ本人が桜井の演奏会場をお忍びで訪れたことで、彼の人生は大きく動きはじめる。本物のペイジの喝采に触発された桜井はサラリーマンを辞め、家族を置いてロサンゼルスに移住。
レッド・ツェッペリンのコピーバンド「Led Zepagain」に加入。だが彼は過酷を極めるツアー、メンバーとの軋轢など、困難が待ち受けていた。

通称ジミー・桜井氏の徹底ぶりに驚くばかりだった。ギター演奏はもとより、衣装、衣装の模様、音へのこだわりなど、全てがジミー・ペイジに人生を賭けている。
山場は彼の演奏会場にジミー・ペイジがお忍びでやってきたシーン。気が狂いそうなくらい感動しただろうな。それがきっかけでアメリカに渡るのだが、彼が追い求める熱量と他の人との温度差に愕然とする現実に、疲弊していく姿も正直に写されていた。
疑問に思ったのは生活費、活動費はどう工面したのか、サラリーマンの給料ではとてもできない「こだわり」だった。