2021年08月16日

『カウラは忘れない』シネマスコーレにて

昨日は終戦の日だったのでスコーレに『カウラは忘れない』を観に行った。終わってから「ロジウラのマタハリ春光乍洩」でランチを食べようと入った。久しぶりだったので話ははずんだが、この9月で閉店と聞いて驚いた。この一帯が立ち退きになったらしい。スコーレさんは地主さんが違うので大丈夫だが、いつも映画とマタハリさんは一対になっていたので寂しい。

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近いうちに中村区内で再開したいと言っていたので時々お店のホームページを覗いてみるねとお店を後にした。

🎬『カウラは忘れない』満田康弘監督/96分

1944年8月、オーストラリアの田舎町・カウラにあった日本人捕虜収容所で脱走事件が発生した。1000人を超える日本人捕虜が集団で脱走した。日本人捕虜234人、オーストラリアの監視兵士4人が死亡。

日本人捕虜の脱走の目的は生き延びるためではなく、捕虜は生き恥という旧日本軍の教義や当時の日本の「空気」があった。

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観客は6名。ミッキー以外は男性お一人様。第2次世界大戦中のオーストラリアで起こった集団捕虜脱走「カウラ事件」の真相に迫ったドキュメンタリー。

一心に映像に見入った。娘がシドニーの人と結婚しているので、戦いがあったことはわかっていたが、その影でこんな事件があったとは初耳だった。恥ずかしい限りだ。

カウラはシドニーの近くでバスで2時間ほどで行けるそうだ。

生き残った数人の方は待遇の良さに驚いた、肉ばかりで魚が食べたいと言ったら、数週間後にはサーモンの缶詰や冷凍魚を食べさせてくれた。カウラでは日本人墓地、日本庭園、モニュメントがあって毎年式典も開催されている


だが捕虜になって日本に帰ると家族、親戚全部が村八分になるので、死ぬために集団脱走を計画して銃で撃たれて死のうとした。生き残った何百人が日本に帰ったけど、オーストラリアとの戦争のことは誰も知らなくて拍子抜けしたらしい。

今度シドニーに行ったら無理言ってでもカウラ墓地に行ってみたい。

★「日本に帰りたかった兵士のために、シドニーの日本墓地のところだけは日本領地なんだよ」と娘が教えてくれた。







posted by ミッキー at 08:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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