2019年06月29日

熱海国際映画祭2019(2)『赤い原罪』『Hitokuzu/KANEMASA』

昨日は熱海で3本みただけなのにすごく疲れてしまった。東中野アパートに帰りついたのが7時半で、靴と帽子を取って11時半まで寝た。慌てて風呂に入りまた朝5時までしっかり寝た。「疲れて寝る 寝たら疲れが取れる」の循環がいいうちは大丈夫そうだ。

昨日、寝る前に映画祭初日の3作品目の韓国映画『赤い原罪』の疑問が頭にこびりついていて、そのことを寝入る前に考えていた。まあ、5分ぐらいで眠ってしまったが……。

🎬『赤い原罪』ムン・シング監督/韓国/102分

若い修道女がバスに乗っている。そこに身体の不自由な中年男がバスの前に立ちはだかり停留所でもないところから乗り込んで来た。

身体中から不穏な恐ろしさを出していた男は美しく修道女に向かって「修道女なら一生、結婚もせずに神の教えに従っていくのか、それは間違いとは思わないか?ならどうして神は男と女を作った?生まれたからには自然に逆らわず結婚して子をもうけるのが神の教えじゃないか?」と酒に酔った男は言う……。

修道女は口汚い男に絡まれたが嫌な顔一つせずに新しく赴任する村の教会に着く。
教会の牧師さんも周りの人々も温かく迎えてくれて、教会が用意してくれた宿舎も狭いながら住みやすいものだった。

しかし、バスで遭遇した男とその後関わり合いができて……。

韓国ではキリスト教信者が多い。この映画の舞台になる小さ漁村にも教会があって、そこを中心に生活が回っているようだ。映画の始まりは初老の女の人がバスに乗って、この教会にやってくるシーンからだ。懐かしそうに昔を振り返っている。間違えでなければ40年も前にここにいたシスターだ。

もうその教会には当時の人はいなく、現在の牧師が「あなたは伝説の修道女です」と褒め称えるが、修道女からは実は「これが真実でした」という話がなされる。

バスで遭遇した身体の不自由な男には、癲癇持ちの娘がいて二人で極貧の生活を送っていた。その様子を見て修道女は教会でできることはないかといろいろ牧師に相談するが「前からこちらも援助を持ちかけたが一切受け付けない」といい「これ以上は踏み込めない」というばかりだった。

ここで普通なら遠くから見守るだけとなるが、修道女は娘と親しく接するようになる。父親もその修道女の行動に無関心ではいられなくなって行く。

父親は修道女の宿舎に忍び込んで唇に紅をぬったり、娘に介護と見せかけて下半身をさわらせたりして村には変な噂が流れ、ついに事件が起こり父娘は死んでしまう。

そして40年後に「実は違う」と元修道女が真実を語りに教会に来る。それは父親の「身体の一部」についての秘密。

しかしその男の身体の一部が傷ついた事件の時の医者や、死んだ時に身体を清める時の人の口の端で、狭い村には噂は広がり、すでに秘密は「秘密」ではなくなっているはず。

何故に40年後にわざわざ言いにくるという意味が理解できなかった。真実は神様だけわかっていればいいのではないかとも思うが……。

🎬『Hitokuzu/KANEMASA』上西雄大監督、脚本、主演/約2時間

40代の金田は少年時代から泥棒稼業で刑務所を出たり入ったりの人生を送っていた。今日も当たりを付けたマンションの一室に入ってみたら、幼い少女が一人、電気、ガスがとめられた室内でうずくまっていた。少女はお腹も空かしていて金田からもらった菓子を「食べてもいいですか」と上目遣いで聞いてくる。

そこから始まる金田と少女の物語だ。

最近のニュースで子どもの身体にアイロンの火傷のあとがあったという悲惨な出来事があった。この少女の胸にもアイロンの火傷のあと、手にはタバコを押し付けたあとがあった。もう「最後まで見続けられるだろうか」と心配になった。想像するだけで逃げ出したくなる内容だ。だが、金田が少女にとった行いから目が離せなくなった。

金田自身も言うに言われぬ過去があったからだ。今、少女を守ろうとする金田、それと過去の自分の状況が交互に分かりやすく映されていた。金田、少女の演技が光る作品だった。
posted by ミッキー at 08:54| Comment(0) | 映画祭・映画関連催し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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