
1941年にアルゼンチン・ブエノスアイレスに生まれたマルタ・アルゲリッチ。幼少の頃から才能を発揮し、24歳の若さでショパン国際ピアノコンクールで優勝。輝かしい演奏活動の中で、突然の演奏会キャンセル、取材拒否、父親の違う3人の娘等々で奔放なピアニストと言われているが、私生活はあまり知られていない。
そんな母親に三女ステファニー・アルゲリッチがカメラを向け、長女リダ、次女アニーと共に名ピアニストを母に持つ3人の娘たちが母親の真の姿を映し出していく。
娘じゃないと撮れないドキュメンタリーだ。
父親の違う3人の娘を生んだことが先行して伝わってしまって「奔放なピアニスト」となるが、今時そんなことは珍しいこととは思わないが、当時はセンセーショナルな出来事だったろう。(女だからそう思うのだろうが、これが男ならなんでもない)
長女のリダの父親(中国系アメリカ人作曲家ロバート・チェン)とは全く同居していない。仕事が忙しくて託児所(乳児院?)に預けっぱなしだったらしく、見かねたアルゲリッチの母親がそこから連れ出した事件が発端となって「自分の母親を刑務所にいれる」か「親権を放棄する」のどちらかを選択することになったのは、当時20代前半。
母親であるアルゲリッチにどんな痛みが残ったのだろうか。ここではさらっと通過している。リダは父親と暮すようになったが、この長女だけがビオラ奏者として音楽の道に進んだのは皮肉に感じた。
他の2人の娘は父は違っても母親との接点が大きい。次女はジャーナリスト、三女は監督。
ドラマチックな長女との葛藤は見えてこないのが不満。そんなことは意に介さないのか、もしかしたら、娘だから「ここは、あたらずさわらず」となったのかとも思う。
さてピアノは本当に自然なもの。すごーく練習して上手くなったのではなく、もうピアニストとしての素養も身体も出来上がった方。だからこそ気質が正直に音にあらわれている。奔放さに巻き込まれて溺れそうになる。
それを感じたのは3番目の夫でピアニスト、スティーヴン・コヴァセヴィッチの音色を聞いたときだ。この洗練された冷静な音に「奔放さに巻き込まれて溺れそうになった」私を救い出してくれた。アルゲリッチはこのピアニストのベートーベンに聴き惚れて結婚したとか。アルゲリッチもいいが、長く聴いていられるのは彼の音色だ。
ドキュメンタリーとしては深く食い込んでいないのは残念だが、音楽ファンには見逃せない作品。