2014年01月09日

1月9日(木曜)名古屋今池の劇場で 『楽隊のうさぎ』 『アイ・ウェイウェイは謝らない』を観た。


カチンコ『楽隊のうさぎ』鈴木卓爾監督
 引っ込み思案な中学1年生・奥田克久(川崎航星)は、ある日、学校で奇妙なうさぎ(山田真歩)が現れて追いかけて行くと、そこはるんるん音楽室だった。

それがきっかけで音楽経験の全くない克久は入部することになった。一緒にサッカーサッカー部に入ろうと口約束させられていたが、自分の意志を通してしまう克久だった。
友人関係や能力のなさに悩みながらも、指導力のあまりない吹奏楽部顧問・森勉(宮崎将)や仲間たちと練習にするようになった。

何も特別に起こるわけでもない。部活動「命」っていうわけでもない。そうかといってサボるでもなく毎日それなりに練習している。

そして演技しているとは思えない。中学の吹奏楽部があって、そこそこ練習している中に、男の子が一人入っただけを映し撮っている。
演技らしいことは先生役の宮崎将もしていない。映画でなければ、演技する中学吹奏楽顧問っているか?いない。演技する中学吹奏楽部員もいない。

ただ毎日の生活を繰り返すだけだ。たまに口喧嘩、たまにほめられ、たまに投げやりになる。
そんな飽きあきしそうな放課後に、時々現れる縫いぐるみのようなうさぎ…。
これは主役である男の子の背中を押す役目として出て来ていて、彼にしか見えないもの。それがこの作品に必要だったかは疑問。いや、必要かな? それに克久だけではなく一人ひとりに「こんなようなもの」が見えているのかもしれない。

何も特別なことが起きない、俳優をいじらない勇気ある作品だと思った。会話の中の沈黙の扱い方が◎。

宮崎将は監督さん前作『ゲゲゲの女房』で餓死した弟子を演じていた。今作では演奏する曲を作るほどの力のある先生だから、棒振り(タクト)を研究してほしかった。身体から音楽が「グッド(上向き矢印)好きだ」という何かが出ていないのも気になった。

演技をしない自然体はわかる。うまく言えないが「素を演技する旨味は俳優として我慢しても出てくるものではないか」と思う。好きな俳優さんだからこそ、ふらふらぐちゃぐちゃ思ってしまった。

カチンコ『アイ・ウェイウェイは謝らない』アリソン・クレイマン監督/アメリカ
 北京に拠点を置き、世界的に活動を続けるウェイウェイ。反体制的な活動を繰りひろげ、当局にマークされながらも創作を続ける彼の日常に迫っている。

個性的な芸術家だ。中国も才能は十分認めているが、行動や言論に問題ありと尾行、監視、盗聴などは常に見張られている。年老いた母親が涙を流しながら、大きな息子を心配していたり、妻以外の女性に子ができたり、私生活もなかなか波乱含みだ。

イギリスのロンドンで展示する手作りの陶器で出来たひまわりの種を1億粒を広い広い床にひき詰める映像には驚いた!
ひまわりの種はよく中国映画で食べているものだ。皮をペッと口から出している。一度買って食べてみたが実を食べるのにとても根気のいる小ささだった。それを陶器で一億個・・・気が遠くなるが、そのモダン・アートは圧巻パンチだった。
最後はやはり捕らえられて行方不明・・・何ヶ月後に出てこられたが、観念していたのはつかの間で
次は替え歌で国を批判していた。インタビューに答えてはダメとか、刑務所の話はしないとか言われたが
るんるん歌ってはいけないとは言われなかったのだろう。

posted by ミッキー at 21:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: