1位『異人たち』アンドリュー・ヘイ監督、脚本/イギリス
ロンドンの新築マンションで暮らすアダム(アンドリュー・スコット)は40歳。中堅の脚本家で、今は彼が12歳に交通事故で亡くなった両親のことを書こうとしているが、うまく筆が進まない。
そんな彼は、両親と暮らしていた郊外の家を訪ねると、そこには死んだはずの父(ジェイミー・ベル)と母(クレア・フォイ)が、その当時のまま、暮らしていた。
両親は大層喜んでくれた。自分たちが死んだこともわかっていて……。
『荒野にて』『さざなみ』のアンドリュー・ヘイ監督の新作。山田太一の長編小説「異人たちとの夏」を基に作られているそうだがミッキーは「別物」と感じた。
ファンタジーミステリーの佳品。大きな新築マンションにたった2部屋だけ入居している舞台設定が良い。あの世とこの世を行き来する電車(地下鉄?)も気に入った。
死んだはずの両親に会っても、アダムには「驚き」はない……、同じマンションのもう1人の男ハリー(ポール・メスカル)との遭遇もあって、死んだ人と今生きている人が絡んでくる。
と、思わせていて、意外な幕引きになって……楽しませてくれた。余韻のある作品でアダムの孤独と優しさががヒシヒシと伝わってきた。
★主演男優賞
2位『ヒットマン』リチャード・リンクレイター監督、製作、脚本
ニューオーリンズで猫と静かに暮らすゲイリー・ジョンソンは、大学で心理学と哲学を教えていたが、地元警察で技術スタッフとして協力していた。
そんなある日、おとり捜査で「殺し屋役」となるはずのベテラン警官が問題を起こして職務停止となった。そのとばっちりが経験のないゲイリーに回ってきた。
仲間もこいつには無理と思っていたが、驚くことに、さまざまな姿に変装したり、殺人請負人になりきり、思いがけず成果をあげたゲイリーだった。
その後も偽の殺し屋を演じて警察の捜査に協力する。そんな時、マディソンという女性が夫の殺害を依頼して来て……。
面白い❗️大学の先生なのに、警察でも働いていて「殺し屋」になって潜入して「殺人」をくい止めるという二足のわらじをはく男が主役。きっと大学は非常勤講師かな。
授業は大雑把だが学生にはウケがいい。でも囮捜査の化け方は天才的。警察の方もあまりに見事さに前任者を他の部署に追いやってしまう。
ところが美人の若妻からの依頼から、おかしくなって…‥とんでもない展開になって。
ここまでしか書けないが、スリルと笑いがミックスされている。
★エンタメ賞
3位『システム・クラッシャー 』ノラ・フィングシャイト監督、脚本/ドイツ
父親から受けた暴力のトラウマを抱える9歳の少女ベニー(ヘレナ・ゼンゲル)は手のつけようがないほど攻撃的で、里親やグループホーム、特別支援学級などで問題を起こしていた。ベニー本人は母親のもとへ帰ることを強く望んでいるが、母親はベニーに愛情を持ちながらも、どう接して良いかわからず、施設に預け続けている。
そんな中、非暴力トレーナーのミヒャ(アルブレヒト・シュッフ)は3週間の隔離療法を提案。ベニーと2人きりで森の山小屋で過ごすことにした。はじめのうちは文句を言い続けていたベニーだったが、徐々にミヒャに対して心を開き始めて……。
色白で金髪の9歳の少女ベニーを当分忘れそうにない。悪夢に出てくるかもしれないほどだ。一度怒りに火がつくと手がつけられなくて、警察が身体を拘束するほど凄まじいのだ。
この役を演じることができる子役など世界中をさがしてもそういるもんじゃない。声も、怒声や狂気の声を難なく出している。
ベニーの周りにいる実母、施設の人がどんなに親切に心を砕いてもベニーに押し寄せる激情にはなすすべもない……。とても疲れる映画だが、是非とも観ていただきたい。
★子役賞
🎬『オッペンハイマー』クリストファー・ノーラン監督、脚本/アメリカ
第2次世界大戦真っ只中。優秀な物理学者ロバート・オッペンハイマー(キリアン・マーフィ)は、核開発を急ぐ米政府のマンハッタン計画で、原爆開発プロジェクトの委員長に任命される。
だが実験で原爆の威力を目の当たりにし、さらにはそれが実戦で投下される恐るべき大量破壊兵器を生み出したことに衝撃を受け、戦後、さらに破壊力のある水素爆弾の開発に反対するようになったが……。
第96回アカデミー賞で同年度最多となる13部門にノミネートされて、作品賞、監督賞、主演男優賞(キリアン・マーフィ)、助演男優賞(ロバート・ダウニー・Jr.)、編集賞、撮影賞、作曲賞の7部門で受賞。
初日初回に行った。観客は約100人。お一人様が多かった。
硬い作品。当然、笑うところ一切なし。物理学者、科学者、政治家たちの話に置いてきぼりされないように、気を張って観ていたので、疲れた。今年になって一番疲れた映画。
広島、長崎の地名は何度となく出てきたが、実際の映像はなし。でもその場面を想像できる日本人にとって、その方が見やすかったにではないかと思う。
★Netflix『アインシュタインと原爆』(現在 配信中)を見ていたのでオッペンハイマーとアインシュタインのシーンには興味があった。その時、どんな話をしたか、解き明かされている。
★監督賞
🎬『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』ヘティ・マクドナルド監督/イギリス
定年退職し老妻モーリーン(ペネロープ・ウィルトン)と退屈だが平穏な日々を過ごしていたハロルド・フライ(ジム・ブロードベント)に、北の果てから思いがけない手紙が届いた。
差出人はかつてビール工場で一緒に働いていた同僚女性クイーニー(リンダ・バセット)で、ホスピスに入院中の彼女の命はもうすぐ尽きると書いてあった。
ハロルドは近所のポストに返事を出そうと家を出たが、ふいに考えを変え、800キロ離れた場所にいるクイーニーのもとに、そのまま手ぶらで歩き始める……。
近所のポストに行く格好で、そのまま北の果てに、なんて無謀すぎる。女ならこうはいかない。男だからできたと感じた。
ハロルドが窮地に陥った時に助けてくれる人が現れるが、もし映画でなかったら野垂れ死だ。
これはハロルドの冒険?がメインではなく、ご夫婦の歩み寄りの心優しい作品。
お二人の経験した深い悲しみ、後悔が徐々にわかってきて、初めハラハラ、後からほのぼの……という大人の作品。
★ベストカップル賞
🎬『メイ・ディセンバー ゆれる真実』トッド・ヘインズ監督/アメリカ
今から20年前、当時36歳の女性グレイシー{ジュリアン・ムーア)は、23歳年下の13歳の少年ジョー{チャールズ・メルトン)と運命的な恋に落ちる。
2人の関係は大きなスキャンダルとなった。グレイシーは未成年と関係をもったことで罪に問われ服役。獄中でジョーとの間にできた子どもを出産。出所後に晴れて2人は結婚。
それから20年以上の月日が流れ、いまだに嫌がらせを受けることはあったが、幸せに過ごすグレイシーとジョー。
そんな2人を題材にした映画が製作されることになり、グレイシー役を演じるハリウッド女優のエリザベス{ナタリー・ポートマン)が、役作りのリサーチのために彼らの家にやってくる。
ジュリアン・ムーアとナタリー・ポートマンのお二人の役作り、演技に満足。これだけでも見る価値は十分だが、もっと驚いたのはジョーの扮するチャールズ・メルトン。映画の中盤までは、いい夫、物分かりの良い父親で「やっぱり運命の人だったのね」と思いながら見ていたが……意外や内面は複雑で……おっとこれ以上は是保とも劇場で。
★メイ・ディセンバー”とは、直訳すると「5月-12月」だが、親子ほど歳が離れたカップルを意味する言葉でもある。
★2023年・第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。第81回ゴールデングローブ賞では作品賞、主演女優賞、助演女優賞、助演男優賞に、第96回アカデミー賞では脚本賞にノミネートされた。
★助演男優賞、助演女優賞
🎬『アーネストに恋して』デビッド・ホーン監督/アメリカ
ある夜のこと、仕事と育児の両立に苦しむシングルマザーのキャット(ヴァレリー・ヴィゴーダ)のもとに、突然、 20 世紀を代表する冒険家である南極探検家のサー・アーネスト・シャクルトン(ウェイド・マッカラム)から返信が❗️
南極で船が難破し流氷の上で身動きが取れなくなったシャクルトンは、時空を超えてキャットに助けを求め、そして壮大な冒険の旅へと誘う。
思いがけないことに、二人は興味や趣味があって、互いに「深い縁」を感じ合うのだった。
出会い系サイトという最近の流行りの通信から、100年前の有名な探検家と遭遇、そして恋に……なんてロマンチックな物語だろう。
愛し合うカップル誕生は、各々の違った人生や生活(時空が違う)から、思いがけなく生まれてくることが多い。2人が歩み寄っていく様子を、ほのぼのとした雰囲気の中で描かれていた。
★デート映画賞
🎬『クラブゼロ』ジェシカ・ハウスナー監督、脚本/オーストリア、イギリス、ドイツ、フランス、デンマーク、カタール
名門校に赴任してきた栄養学の教師ノヴァク(ミア・ワシコウスカ)は、「意識的な食事」と呼ばれる最新の健康法を生徒たちに教える。
それは「少食は健康的であり、社会の束縛から自分を解放することができる」というもので、純真無垢な生徒たちは早速実践を開始する。
ノヴァクの教えに生徒たちは「食べないこと」にあらゆる面で高揚感を抱くようになり、その言動は次第にエスカレートしていく。
生徒の親たちが異変に気づいた時には、既に手遅れで……。
最高に面白かった!主演の ミア・ワシコウスカさんはシドニーの映画館で村上龍原作の『ピアッシング』の時に実際にお会いした(3メートル離れていたが)が、日本と違って国際的に有名な女優さんなのに、ライトもまともに当てない地味な扱いだった。
その時の役柄より今日見た作品の役がぴったり。お顔や態度にはいわゆる狂信的なところはなくておとなしい雰囲気。でも生徒と個別に話したり、一緒に行動したりすると「相手」に刺さる言葉を使うなど知能犯だ。
生徒たちもそれぞれ家庭に問題があって、先生に惹かれていくのもわかるような気がした。
★主演女優賞、脚本賞
🎬『時々、私は考える』レイチェル・ランバート監督/アメリカ
オレゴン州アストリアの静かな港町。人付き合いが苦手な女性フラン(デイジー・リドリー)は、職場と自宅を往復するだけの平穏な日々を過ごしていた。
友人も恋人もいない彼女にとって唯一の楽しみは、幻想的な「死」を空想することだった。
そんな彼女の日常が、フレンドリーな新しい同僚ロバート(デイブ・メルヘジ)とのささやかな交流がきっかけになって、ゆっくりと動き始めるが……。
こじんまりした町の雰囲気がとても良かった。 町の情景を写すカメラアングルが新鮮に感じた。派手が名所もないが、人間らしく暮らせる建物、映画館、レストランなどが点在していて、ここで暮らせたらいいな……と思ったミッキー。
フランの人生がどんなふうに変化していこうとも、町の佇まいに守られて過ごせるように感じた。
人と人の距離がベタベタしていないのもいい感じだった。
★女性監督賞
🎬『山逢いのホテルで』マキシム・ラッパズ監督、脚本/スイス、フランス、ベルギー
スイスアルプス山脈をのぞむ小さな町で、注文服の仕立をしている中年女性クローディーヌ(ジャンヌ・バリバール)は、障がいのある息子をひとりで育てている。
毎週火曜日になると彼女は自分でデザインした洋服を着て、山の上のリゾートホテルを訪れ、一人旅の男性客を選んで、その場限りの関係を楽しんでいた。
真剣に恋をすることなどないと思っていたクローディーヌだったが、ダムの責任者である男性の出会いによって、彼女の人生は大きく揺らぎ始める。
主人公は40代の女性クローディーヌ。障害を持つ男の子(16、7歳かな)のお母さん。時々お年寄りの方が男の子の見守りをしにやってくる。夫とは離婚していて時々手紙が来るぐらい。贅沢はできないが持ち家もあって細々と洋服を作って生計を立てている。
そんな中で彼女の楽しみ?は、スイスに訪れる旅行者との後腐れのないセックス……決してお金を貰わず「ありがとう」と言って別れている。
そのままいけば問題はなかったが、離れ難い男性(知性があって独身)に巡り合って、家を売って息子を施設に預けて……と決断するが……ああ、書きすぎてしまった。
アルプス山脈を背景に綺麗事では済まされない女の一生の断片を静かに描かれていた。
目に焼きついたシーンがあった。彼女が家を売ろうと庭の縦横を自分の足幅で測るシーン。大股で息を切らして測っていた。その場面で「まだ私は若いんだ、新しい人生を進もう」という意欲を見せてくれたように感じた。
★ファッションデザイナーとして活躍してきたスイス出身のマキシム・ラッパズが長編初メガホンをとった。
★撮影賞