2019年09月24日

『アド・アストラ』名古屋109シネマズにて

🎬『アド・アストラ』ジェームズ・グレイ監督、脚本/アメリカ/123分/名古屋109シネマズにて

地球外生命体の探求に人生をささげ宇宙で活躍した父(トミー・リー・ジョーンズ)の姿を見て育ったロイ(ブラッド・ピット)は、迷わず宇宙で働く仕事を選んだ。父は地球外生命体の探索に宇宙に旅立ち43億キロ離れた太陽系の彼方で行方不明になっていた。

エリート宇宙飛行士として活躍するロイに16年後の今になって、軍上層部から「君の父親は生きている」という驚くべき事実を知らされた。

父は地球を滅ぼしかねない「リマ計画」にかかわっていて、その危険な実験を抱えたまま姿を消した父を探すために宇宙へと旅立つが……。

6A1182A6-D2B9-4208-B00A-79D63229A042.jpeg

ついこの前『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』で、ブラッド・ピットを見たばかり。何を演じても裏切らない俳優さんだ。

『ワンス・アポン〜』では落ち着きのある優しい眼差し、『アド・アストラ』では目に憂いを宿していた。

台詞の中で「遠くばかり見ていて近くを見ていなかった」という場面にホロっときた。宇宙飛行士じゃなくてもこの言葉は万人の胸に刺さるものだと思う。

★宇宙の痛いほどの静けさと孤独感がうまく映像化されていて、アカデミー賞の「視覚効果賞」レベルと感じた。
posted by ミッキー at 19:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月23日

「笑い」に見捨てられた男の物語 10月4日日米同時公開『ジョーカー』

🎬『ジョーカー』ドット・フィリップス監督、脚本/アメリカ/122分/10月4日よりユナイテッド・シネマとしまえん他にて全国ロードショー公開

1981年、コメディアンを目指しているアーサー(ホアキン・フェニックス)は、大道芸の手配会社に所属しているが、やる仕事といえばピエロ姿で宣伝用の看板をもって都会の片隅で見せているだけ。

古いアパートに帰れば病身の母親の世話をしたり愚痴を聞いてあげたりと心優しいアーサーだ。同じアパートに住むソフィーを密かに想っている。

ある日、路上の仕事中に面白半分で暴漢襲われ看板を壊され、自分も傷ついてしまう。幼い時から母親から「いつも笑顔で」と言われ続けてきたが、腹の底からムラムラと怒りが沸き起こって……。

F6223D93-FF06-4978-B714-4D189E930F2F.jpeg

ホワキン・フェニックスの演技に魅了された。ピエロの時のアーサー、白塗りを取った時のアーサーが演じ分けられていたが、狂気になってからはもう一人の「颯爽とした」アーサーが現れるのだ。

心優しいアーサーが変わっていくのは彼のせいではない。周りの心無い言葉、暴力、嘘が彼を変えていくのだ。

彼を怒りに駆り立てる遠因は、人気テレビ番組の司会者マーレイ・フランクリン(ロバート・デニーロ)や市長に立候補するトーマス・ウェイン(ブレット・カレン)だが、それぞれにアーサーの思い込みの深さや勘違いが含まれていて、やりきれない憐れさで涙が出た。

★突然、狂ったように笑い出すアーサーの声が耳について離れない。
posted by ミッキー at 18:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月22日

アジアフォーカス・福岡国際映画祭(6)『シヴァランジャニとふたりの女』

🎬『シヴァランジャニとふたりの女』ヴァサント・S・サーイ監督/インド/123分

南インドのタミル・ナードゥ州を舞台に1980、1995、2007年の時代を生きた3人の女性の結婚生活が描かれている。

1980年
サワラティ(カーリースワリ・シュリーニヴァーサン)は短気で口うるさい夫に付き従っていたが、赤ん坊のミルク代も底をついて、思い余って生活費をお願いしたことで絶縁されてしまう。

1995年
自力心が強く教師をしているデーヴァキ(パールヴァティ・ティルヴォートゥ)は次男である夫の大家族と暮らしていたが、日記をつけていることが見つかりr兄嫁が家の恥を書かれているのではないかと年寄りに告げ口。想像以上のもめ事に発展。

2007年
学生時代に有望な陸上選手だったシヴァランジャニ(ラクシュミ・プリヤー・チャンドラマウリ)は親の決めた結婚で陸上選手をあきらめ、娘もできて裕福に暮らしているが、姑、夫、娘の世話で追いまくられるように生活している。

観客賞受賞作品。

3AB460AB-E5FD-493A-AC4D-F75EE6A57E34.jpeg

これ、インド独特の話でもなさそうだ。日本だっていまから40年前なら口答えするだけで離縁までいかないが殴られたり生意気だと言われたりした人もいただろう。サワラティは娘も成長して母娘、貧しくとも明るく暮らしている。そこにたどり着くまで大変な苦労があったろうに、よく頑張ったとほめてあげたかった。

次の、日記をとがめられるのはインドならではかなと思った。「家の恥なことなど書いていません」というデーヴァキに「それなら皆の前で読めるはず」と兄嫁も自分の夫にまで言われてしまう。彼女は自分で食べていけるので、とっとと荷物を運び出していた。偉い!胸がすく思いだ。

最後の現代に近い、といっても13年前のシヴァランジャニが微妙だ。
彼女は陸上選手さながら家の中で小走りに動き回っていて「水をくれ」「白いワイシャツの新しいのを出せ」「今日は遅くなるが食事はする」と矢のような命令が飛んでくる。でも威張りくさっている夫じゃない、それが当然と身に付いているようだった。

座っているテーブルの上にあるものぐらいは自分でやるくらいだ。
娘の登校前の準備、姑の食事の世話がそれにのし掛かるので、タコさんだってあたふたするだろう。

それを手際よくやれているが彼女には夫に嘘をついてまで「探したい物」があったのだ。
賞をとったし公開もあり得るので、ここまでにしよう。

3人とも今は幸せと思えるのが救いだ。
posted by ミッキー at 10:44| Comment(0) | 映画祭・映画関連催し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする